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大阪家庭裁判所 昭和54年(少)1439号 決定 1979年5月11日

少年 B・S子(昭三六・二・一七生)

主文

少年を医療少年院に送致する。

押収してある剌身包丁一丁(昭和五四年押第一九六号の一)及び古新聞製ゴムバンド付包丁入れ、さや一本(同号の二)を没取する。

理由

(本件非行に至る経緯)

少年は実父B・Nと実母T・K子の長女として大阪市○○区で出生したが、母親が家出し昭和三八年に離婚したため実父祖父らによつて養育され同区の○○小学校及び○○中学校を卒業し、その後定職につくこともなくときたま大阪市内の喫茶店のウエートレスとして働くなどしていたものであるが、保護者である父親が競輪にこつて家庭を顧りみず、少年の監護に無関心であつたこともあつて少年は中学に入学したころから喫煙、ボンド等の吸引、怠学、無断外泊、家出など素行が不良化し始めまた交遊関係も悪化していたが、中学三年を終えた夏頃少年は男友達に覚せい剤を打つてもらつたことを皮切りに昭和五二年に覚せい剤取締法違反で○○○警察署に検挙されるまで一〇数回覚せい剤を自己の身体に注射して使用し、右検挙にかかる覚せい剤取締法違反保護事件で当庁において試験観察を経て昭和五三年三月二七日不処分となつた経歴をもつものであるが、右覚せい剤の濫用により少年は昭和五三年一〇月頃から精神分裂病類似の幻覚妄想状態に陥り、同居している父や兄が本当の父や兄ではなく自分は父や兄にそつくりの人のところに誘拐されて連れてこられたとの妄想を抱き始め、父や兄に対し極めて他人行儀な態度で接し始めるというようなことがあつたため○○○○大学医学部附属病院の神経精神科で通院治療を受けたが効果がないまま通院をやめてしまい、その後さらに本当の家族を探すと称して東京、青森等に家出し保護されて家にかえるということを繰返していたが、昭和五四年二月になつて同月一一日夜少年は偽の父や兄と暮すことはこれ以上耐えられないと考えるようになり、何か罪の重い悪いことをして警察に捕まれば刑務所に入れられて本当の家族にも逢えるだろうと思いつき、さらに罪の軽いことでは少年でもあるので刑務所には入れられないが人を剌せばすぐ刑務所に入れられて現在住んでいる偽の父の家からも逃げられると考えるに至つた。翌二月一二日少年は右考えを実行に移すべく○○区○○○の刄物店で剌身包丁を買い求めた上実行方法として女子便所で化粧している女性を後から狙えば容易に剌し殺せると考え本件非行に及んだ。

(非行事実)

少年は昭和五四年二月一二日午後一時三〇分ころ大阪市○区○○○○×番丁×番地○○○○○○ビル地下二階通称○○○○○○○女子公衆便所内に入り紙袋の中に剌身包丁を忍ばせて右便所内の洗面所で化粧する女性を殺害すべく待ち構えていたが、たまたま右ビル地下街の婦人服店「○○○」の店員A子(当時二五年)がその頃右便所内で鏡に向つて化粧を始める姿を見かけるや、少年は紙袋から剌身包丁を取り出し右包丁を右腰のあたりに構え殺意をもつて力一杯同女の右背部めがけて突き剌し、よつて同女をして同日午後四時五五分ころ大阪市○○区○○○×丁目××番地○○○○病院において腹部大静脈穿破、胃、十二脂腸穿破等により出血失血死せしめて殺害したものである。

(適用法条)

刑法一九九条

(処遇の理由)

一、少年の家庭環境、生活史、学業職業関係、性格行動傾向、生活態度等は当裁判所調査官○○○○が本件について作成した少年調査票記載のとおりであるからここに引用する。

二、少年の本件犯行は前記認定のとおり覚せい剤中毒による妄想状態下において決行されたものであつて少年の犯行時の精神状態が問題となるが、一件記録によれば本件犯行は前日思いついた考えを実行に移したものであつて計画的であり、また軽い事件では刑務所に入れないが人を剌せば刑務所に入れるとか、殺害の対象として男の人は力があるから駄目であり、便所で化粧している女性を狙えばうしろ向きですきがあつて突き剌しやすいなどと考えている点などその判断は冷静で且つ合理的であること、犯行の暫く前少年はこれから人を剌そうと思うと心臓がドキドキして口の中が乾いて仕方がなかつたため気持を落ち着かすため一旦喫茶店に入るなど自己のなそうとしていることの重大性を感知していること、犯行前後の記憶は鮮明であつて犯行時とくに幻聴その他の意識障害等は存在しないこと等の事実が認められる。結局本件犯行は妄想や幻覚に直接左右された衝動的な行為ではなく、妄想に動機ずけられているにすぎないものであつて少年の知能指数(IQ七六)をあわせ考えると犯行時少年が限定責任能力を有していたことは充分認められるものである。

三、覚せい剤による幻想妄想は中毒者の人格と状況に密接に対応しているといわれており本件少年の同居している家族が本物ではないという家族否認の妄想も少年が幼児から愛情に恵まれない崩壊家庭(母親の家出、父親のギャンブル狂いによる放任)に育つたという状況とは無縁ではないと考えられる。しかしながら偽の家族のところに誘拐されたという被害的状況におかれたと誤信(妄想)していたとしても右のような状況を回避克服する手段として殺人以外により合法的な手段方法が少年にとつて充分可能であつたはずであつて、他人の生命を犠牲にしてまで安易な短絡的な方法で解決しようとしたことはむしろ覚せい剤中毒以前の少年の極めて自己中心的なパーソナりテイーを表わしているものというべきものであつて右の自己中心的な性格偏倚こそが本件犯行の原因として問題とされなければならないであろう。

四、本件犯行は無差別的な行きずり殺人であり、何の恨みもない他人の生命を奪うという凶悪な事案として社会の人々を震感せしめたものであつて、その犯行のきつかけとなつた妄想状態も少年の覚せい剤濫用により自ら招いたものといえなくもなく、少年の罪責は極めて重いといわなければならないが、少年は未だに治療を必要とする幻想妄態状態にあり、また本件犯行について悔悛の情はほとんど認められず罪障感は稀薄であり、鑑別所あるいは鑑定留置された病院で自己中心的な要求を執ように繰返すなど頑固、短気、主観的、自己中心的といつた性格偏倚が著明な状態にある。

五、以上の事情を総合すると少年の保護については少年が現在覚せい剤中毒による幻覚妄想状態にあることから少年を医療少年院に収容し右幻覚妄想状態の治療にあたるとともに、本件犯行の原因と考えられる性格偏倚の矯正をはかることが少年の健全な育成のために相当であると考える。よつて少年法二四条第一項三号、及び押収物につき二四条の二第一項二号、二項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 米里秀也)

参考一 経過一覧(抄)

昭和五四年二月二三日事件受理、観護措置決定

三月一日 審判開始決定

三月二日 第一回審判、鑑定命令、観護措置取消決定、鑑定留置決定

四月二三日 鑑定書提出

四月二八日 鑑定留置取消決定、観護措置決定

五月二日第 二回審判、医療少年院送致決定

参考二 抗告審決定(大阪高 昭五四(く)七〇号 昭五四・八・一四第一刑事部決定・抗告少年)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年作成の抗告申立書記載のとおりであるからこれを引用するが、その要旨は、原裁判所が医療少年院送致決定をなしたのは、少年に対する処分としては重すぎ著しく不当である、というのである。

そこで、少年保護事件記録及び少年調査記録を精査して検討するに、本件非行事実は、昼間地下街の公衆便所内洗面所において、鏡に向い化粧中の女性(当時二五年)をその背後から刄体の長さ約一八センチメートルの剌身包丁で突き剌し殺害したというものであつて、その態様等非行内容の詳細や、その動機ないし非行に至る経緯、精神状態などについては、原決定が「本件非行に至る経緯」「非行事実」「処遇の理由」(その1ないし3)の各項に詳細に説示しているところであつて、これらの認定(少年が非行当時心神耗弱の状態にあつた点を含めて)はいずれも正当として肯認することができる。

そして、一件記録、殊に少年調査記録により認められる少年の生い立ち、生活歴、非行歴、それらを通して窺われるこれまでの生活態度、性格、資質、年齢、家庭環境等に徴すると、原決定の「処遇の理由」の項に指摘している問題点は、いずれも首肯することができる。そして、右各問題点は、その由つて来るところはすこぶる複雑で諸々の根深い要因の伏在を思わせるのである。殊に、本件非行との関連性をめぐつて、少年の精神状態、ひいては少年の覚せい剤使用頻度及び最近の覚せい剤中毒症状にかんがみると、少年の覚せい剤嗜好ないし親和傾向と少年の性格上の偏倚の問題は、さしあたりその処遇上最も緊要性の高い問題点といえるのである。

従つて、今や右心身の治療と併せて少年の健全育成を告ざす生活訓練のため、専門的医療矯正施設への収容は早急に必要であつて、やむを得ないところといわねばならない。

してみると、原決定の処分は相当であつて、不当に重すぎるものとは認められない。

よつて、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項後段によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

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